シューベルトが生まれ育った家 [ウィーン・プラハ]
ハイリゲンシュタットからウィーン市街に戻る途中に、シューベルトの生まれ育った家があります。
ベートーベンはボンから、モーツアルトはザルツブルグから、ハイドンはハンガリー国境あたりから、というように、ウィーンに住み着いた音楽家はほとんどよそからやってきました。でもシューベルトは生まれも育ちもウィーンです。
シューベルトの家のあたりは上の写真のように4、5階建ての建物が密集したところにありました。この風景は当時から変わっていないと思われるような歴史を感じます。
一歩、建物の中に入ると中庭があり、そのさらに向こうには木の繁った空き地がありました。
反対側からみると、こんな感じ。この家の2階にシューベルト一家は住んでいました。
当時のピアノやめがねや楽譜などが並んでいます。
シューベルトというとこのめがねですよね。
英語の解説をみつけて、理解できないにもかかわらず、ほっと一息。ドイツ語よりまし。14人も兄弟がいたと書いていますね。
そうそう、この写真。よくみます。
音楽の教科書にあったような・・・
シューベルトほど日本人に親しまれている外国の作曲家はいないのではないでしょうか。
小さいころ、母がよく歌っていた「野ばら」。ドイツ語を勉強していたときには、ドイツリート好きの先生が「野ばら」をドイツ語で歌うことを宿題に出されました。ドイツ語はさっぱり身につきませんでしたが、今でもソラで歌うことができるほど、夢中になって覚えました。
小学校高学年のころ入っていたジュニアオーケストラではじめて経験したシンフォニーが、交響曲「未完成」。初めてシューベルトという名前を知りました。
高校生のときの音楽の授業では「楽に寄す」という歌曲を教わりました。ピアノ伴奏が素晴らしく、ピアノをやっていたいとこに頼んで、歌って遊んだのもなつかしい思い出です。今も歌詞をみないで歌えるほどです。
楽の音
わが悩むとき
心をおとずれては
あたたかな愛を充てつつ
清らかなる境に
わが身をともないぬ
妙なる琴の響きの
さやかになりわたれば
この世にも天つ幸あり
奇(くす)しきかな楽の音
とうとしや楽の音 <ショーバー作 堀内敬三訳>
子供が小学校低学年のころ、縦笛を学校で習い始め、夏休みの宿題に、なにか曲を吹けるようにしてくることといわれました。縦笛で小さい子供でも簡単にできるもの、シャープやフラットがついていないもの、ドからはじまって次のドの1オクターブ以内に入るもの、というので選んだ曲が歌曲「冬の旅」の中におさめられている「菩提樹」です。簡単な音ばかりでできているにもかかわらず、美しいメロディが幼い子供の笛から流れてきたときは、感嘆しました。
それから、子守唄。日本の子守唄は短調で寂しいし、モーツアルトの子守唄は明るくて子供が起きてしまいそうだし、シューベルトのが一番しっくりきました。
そのようななつかしい数々の思い出を作ってくれたシューベルト。ウィーンっ子にとっては、より身近な存在として親しまれているのを感じました。
シューベルトは軽く口ずさめるメロディが多いのですが、弦楽カルテット「死と乙女」のように大変難しい曲もたくさんあります。 そういえば、今年の1月、マスターズクラスのオーケストラで取り上げたのがこの曲の弦楽合奏版。大苦闘したのでした。
ベートーベンを敬愛し、棺を担いで葬儀に参列したシューベルトですが、その翌年、わずか32歳で亡くなりました。ベートーベンの隣に葬ってほしいという遺言をちゃんと聞き届けてもらえたのですから、生前は相当、親しまれていたのでしょう。
シューベルトが洗礼を受けた教会が近くにあるというので、寄ってみました。ここでオルガンも弾いていたらしいです。行ったときはちょうど日曜日の朝でミサの真っ最中。中に入ることができなくて残念。きれいな賛美歌が聞こえていました。
大通りから階段をかなり下りた坂の下にありました。まわりは、やっぱり同じような景色。
教会の敷地にいた鳥。
シューベルトの歌曲は歌もさることながらピアノ伴奏が本当に美しいですね。大好きな歌曲が沢山あります。小学2年生で菩提樹をドイツ語で習い、意味なんて全く分からないんですが、私も今でも良く歌います。
by もとこさん。 (2008-04-26 00:34)
追伸。一度目は夢中で読ませていただきました。そしてこんどはゆっくり拝見しました。
ドイツリートは幼い頃の母との思い出です。とても幸せに読ませていただきました。有難うございました。
adaさんとご一緒に歌いたい!
by もとこさん。 (2008-04-26 00:40)
14人も兄弟がいたけど、4人しか大人になれなかったと書かれてますね!
当時の厳しい環境が伺えます。
by めぎ (2008-04-26 02:27)
おお!今度はシューベルトですか!
さすが音楽の都!(^^)!
兄弟14人ってすごい、でも子供のときに
ほとんどなくなってしまったんですね。。
幼少のころの家なんですねぇ~。
by いとお (2008-04-26 02:40)
シューベルトの感性を育んだ町と思うと、感慨深くまちなみが見れそうですね。
by tmykj1 (2008-04-26 11:28)
素敵なアパートですね~♪
大勢の人と関わりあいながら、住んでいたんですね^^
by ぴーすけ君 (2008-04-26 16:03)
シューベルトからモーツワルト、ベートーベンなど、生活していた
街並みが、そのまま見られたなんて素晴らしいですね。
by wakatate (2008-04-26 20:08)
他の方のコメントを読んだり めぎさんのコメントを読んで
「14人の兄弟」!?・・・と ada さんの投稿記事を行きつ戻りつ
何度も読み返して・・・やはり ada さんが素晴らしい方なのだと
再認識しました。
町並みはめぎさんのドイツとは違いますね。
by ララアント (2008-04-26 21:12)
もとこさま
小学生でドイツ語をやっていらしたのですか!! 年季が入っているのですねぇ。歌はいいですよね。シューベルトの歌は、本当に美しいですね。最近、年のせいで、声がでなくなってしまいましたが。
めぎさま
あら、ほんと。続きを読まなかったわ。(読めなかった)
いとおさま
今回の旅行は、音楽関係を中心に見てまわりました。ウィーンはとにかくあちこちにいろいろな音楽家の足あとがあって、たくさんみるところがあります。
tmykj1さま
ウィーンは特別な感性をもった街だということがよくわかりましたよ。
ぴーちゃんのまま
長屋みたいなところでしたよ。
wakatateさま
ウィーンは古いものが結構残っていました。保存にも力を入れています。
ララアントさま
中途半端な記事でなんだか恥ずかしいです。ウィーンの中心地はドイツよりぎっしりとアパートが並んでいるように思います。古いものや新しいものなど結構、混在しているようでした。
by ada (2008-04-27 23:42)